「まだ見ぬ、自分に完璧にフィットしうる最高の八寸管が、宇宙のどこかにあるのではないか」という疑念から、ほんの3日前に解放された。結果としてそれは、宇宙の片隅に確かにあったのだ。そして、もう死ぬまで迷うことはないと確信できる幸せよ。
こんな楽器が実在するなんてと愕然の私を、もう一人の私がくさす。お前はいつもそうではないか。目の前にあっても、見えていないならそれはないのだ。見えていても吹けないなら、やはりそれはない。世界一の楽器がだしぬけに目の前に現れたということは、私がその楽器の価値を認めうるまともな吹き方と技をミゴト身につけ…るには遙か遠いが、いま少しでカスるところまでは来ている、のだと思いたい。
田中忠輔さんは私にとって世界一の製管師である、ということはここで繰り返し述べている。これまで使ってきた楽器も必然的に世界レベルであるのだが、我が49才の誕生日にひょんな経緯から手元に届いた八寸管は、疑いようもなく、忠輔さんがこんにちまでにつくった数多の尺八、その中でも最高の楽器だ。…と断言したいのをグッとこらえて、最高の楽器のひとつだ、と濁しておこう。この先、プリュス・ウルトラが誕生する可能性も大いにあることだし。
楽器の値打ちは音であらわしていくほかないが、ポテンシャルが宇宙一だとしても、その見返りとしてこの竹が奏者に求める条件は、正直なところ決して易しいものではない。持ったばかりの私は楽器の裡に眠る音色をまだろくに引き出すことができず、今のところ、音出しで芯から鳴り始めるまでにさえ20~30分を要する。曲中の微妙な制御までとなると軽く数年はかかる行程だが、持ち時間がそうたっぷりとは無いこちとら、とにかく吹き込めるだけ吹き込んで、状況を見定めつつシェイクダウンの機をうかがう。
「楽器のせい」という逃げ道は、晴れて完全に塞がった。あとは、広い世界のどこに行ってどう転んでもオノレのせい。師匠と忠輔さんが私にとって最高の師匠と製管師であるように、私は師匠と忠輔さんにとって最良の吹き手になれるだろうか。時間は迫るばかりだが、いよよ愉しき道中とはなりぬ。
K-5Ⅱs