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いずこじ

陰陽、笹の葉、風の色。琴古流尺八、道中甲有り呂有り。

酒を呑まねば/竹を吹かねば

録画したNHK・クローズアップ現代「日本酒が『世界酒』に!~SAKE革命~」を見ていた。前半は、いわば「将来を見据え、世界へ売り込みをかける蔵元」特集。先年取材でお世話になった蔵元氏の、ウガンダ、あるいはニューヨークにおいても変わらず並外れて元気な笑顔を拝むことができ、この番組タイトルならこういう内容だよな、という感慨を抱くのみだったのだが、後半でムムッと身を乗り出す。30年にわたってドンペリの最高醸造責任者を務めた人物が、アッサンブラージュ、すなわちブレンド手法を用いて独自銘柄の日本酒を造る計画が動きだしており、その下準備はすでに3年にも及んでいるのだという。

放送時のアオリは「“ドンペリ” の巨匠 常識を破る酒造りに挑む」だったが、確かにこれは常識を破っている。現時点の日本酒業界、およびその飲み手の意識において、異なる造り手の酒をブレンドすることは禁じ手に近い。近世から近代にかけての酒屋は店々で独自のブレンドを行っていたが、そこでは「客の好みに合わせた酒に仕立てる」という美点と「酒を薄める、あるいは安い酒や悪い酒を混ぜものでごまかして売る」の詐術とが背中合わせだったはずだ。近代以降は、酒蔵が淘汰されていく中で、蔵が自らの看板を下げ(あるいは隠し)て大手のブレンドベースとなる酒を造る桶買いのシステムが生まれたが、そうして作られるブレンド酒にはやはりネガティブな影があったし、今も無いとは云えない。「ウチは桶買いをやってます。ブレンドの酒を売ってます」とは、誰も声高に言わないのだ。

この、長らく邪であった「混ぜる」を「付加価値」へと裏返そうというのだから、成功すればちょっとしたパラダイム転換だが、この事業をたとえば国内の、唎酒師資格を持っているような酒販店主がやるとしたら、それが力のある、志の高い人物であったとしても少々キツい。上記の如き酒飲み(ブレンダー自身を含む)の固定観念があるうえに、酒好き以外に通用するネームバリューがないし、混ぜることにどのような意味があるのかを門外漢に伝えることが難しい(可能だが、門外漢はメンドクサイことにそうそう耳を傾けない)からだ。

そこで満を持して「ワタシノ国デハ」が発声される。酒の未知なる、しかも舶来の楽しみ方の提案であり、しかも、それはもともと日本にもある手法だ。なぜアナタガタは今、その楽しみを隠し、忘れたままでいるのですか? 誰も楽しまないなら、ワタシがチャッチャと付加価値をつけて世界に売ってしまいますよ。ストーリーとしてもよくできている。

この試み、きっと商売トータルとしてはうまくいくのだろう。「30年間ドンペリの味を決めてきた男がブレンドする日本酒」という能書きには、それなりの、つまり仮に日本の酒飲みにそっぽを向かれても世界規模の需要を集めるだけの力があると思えるし、私も、それがどんな味に落着するのかは大いに知りたい。でも、決して安くはないだろう対価を支払って750ml瓶もしくは四合瓶(一升瓶はリリースしないだろう)を買うかというと、おそらく買わないなァ。某県の老舗の蔵に特注で造らせているというブレンドベースの酒、その酒を造る蔵人たちの心中をおもんぱかるに、どうにもこう、酒のアテになりそうなエピソードがうまく想像できないからだ。

ま、巨匠氏は、狭い日本の片隅の、メンドクサイ酒呑みの巻くクダなどもとより一顧だにするつもりもなかろうけれど。そして、では私がブレンド酒たるシャンパンやスコッチを呑まないのかというと、何の抵抗もなく、かつおいしく呑んでいる(シャンパンは年に数回も呑まないが)。私が半分無意識のうちに忌避しているのはきっと、別の「混ぜる」なのだろう。


LX100 『いっしょう』で目が合ってしまったこの徳利、じき弟がうちの子になる。

例によって「他の話をするふりをして尺八の話をしている」のだが、かねてから日本酒と尺八の間には共通点が異常に多いと思ってきたものだ。「シンプルな原材料だが千差万別の味わい」「旨みがやたらと強く、その旨みにも多くの種類がある」「高度に複雑で繊細な、そして素人に分かりにくい技の集大成」「他の酒にない楽しみ方(たとえば燗)がある」などなどいくらでも。「その気になれば相当なインチキもできる」「ラベルのハッタリでも売れる」といった悪しき共通点まで多々。

とまれ、酒はもとよりいろいろ。そして、それらを味わう飲み手は呑むほどに成長していく。いや、成長と云って悪ければ、舌を変えていく、でもいい。約30年前、高田馬場・さかえ通り『清龍』のPB日本酒で凄まじい二日酔いに懲り、数年後「上善如水」に「こんな日本酒があるのか」と驚き、以後なんやかんやとあって、いま現在、冷蔵庫に入っている一升瓶からひと月ふた月さかのぼっていくと、「花巴」「竹泉」「弥栄鶴」「日置桜」「十旭日」、えーとその前は、たしかいただきものの「寶剣」…まあそんなところだ。そういえば、私が子供の時分に「剣菱」あたりを愛飲していた父は、後年「小鼓」の純吟を燗にして呑んでいたが、あれはどういう舌の変化によるものであったろうか。

「わあ、日本酒じゃないみたい」は、正解。それは多くの場合「日本酒ではなくなるように」造られた酒だ。くどいようだが、尺八の話をしている。
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河宮拓郎(カワミヤタクオ)
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