先日のジャパンオープン準々決勝で、張本智和が馬龍を4-2で破った。そして、決勝で張継科をフルゲームの相手マッチポイントからまくって優勝した。2回戦では周雨をストレートで破っており、さらにさかのぼって4月のアジアカップでは樊振東を(5ゲーム制ながら)3-1で破ってもいる。わずか数カ月の間に、中国のラスボス2人(馬龍・樊振東)と元・ラスボス(張継科)を打ち負かし、もはや中ボス(周雨)程度では太刀打ちできない強さになってしまったということだ。
「張本って強えーんだなー」。世間は相変わらずこの程度の温度だが、一連のスーパー快進撃は「強えーんだなー」なんてもんではない。リオ五輪での水谷の獅子奮迅さえ遠く霞み、1960年代に文字通りの卓球王国であった日本が中国にその座を明け渡して以降、少なくとも男子においては最大の快挙・業績であると私は思う(60年代後半から70年代初頭にかけて、長谷川信彦・伊藤繁雄・河野満らを擁する日本は一時的に息を吹き返したが、これは中国が文化大革命で卓球どころではなかったという事情が大きい。なにせ、直前の世界選手権チャンピオンらが迫害を受け自殺にまで追い込まれている)。
張本の何が凄いか。たしかに、テレビ的に看板技となっているチキータは凄い。スピードもミスのなさも超一級品。だが、しばらく前に書いた通り、チキータとはあくまで「先手を取るきっかけ」を主眼とした攻撃の一手段であり、「決まればよし、決まらなくてもよし」の技。かつ、今や隠れもなき世界一のバックハンド使い・樊振東のチキータは、もはやチキータなどと甘い名前で呼ぶのがためらわれるドライブスマッシュに近いスピードと回転を備えており、球威だけで言えば張本チキータの軽く3~4割増だ。そもそも、チキータは今や、ソコソコ強い中学生なら標準装備レベルのテクニック。打てたとて、さほどのアドバンテージは保証されない。
ついでに言うと、圧倒的なフィジカルの差と使用ラバーの違いから、フォアハンドドライブの威力において張本と中国の間には(年齢差通り)大人と子どもの開きがある。相手が十分な態勢からフォアを打てば、それはほぼ必ずエース、もしくはエースの契機になるのだ。馬龍や樊振東との対戦を振り返るに、張本は相手がいいフォアを一発打った時点でポイントを半分諦めているようにも見えた。打たせてしまったらそのラリーは負けと割り切り、下手にあがくより次へ集中力を繋げる、という方針であるのかもしれない。
かように、チキータでもフォアハンドでも対中国では優位には立てないはずの張本が勝てる理由、それはブロックおよびブロックカウンターと、ツッツキ・ストップなどの台上技術、すなわち、一般に「守備的」と位置づけられるテクニックにおいて超一流であることだ。
しばしば張本の打球点の速さに注目が集まる。たしかに、速い打点での攻撃は決定的な美点であり、相手にスイングやコース予測・フットワークの時間を与えないことで、球にろくろく触らせもせず勝つことができる、それこそ必殺のセオリーだ。しかし、ボールのバウンド直後~頂点前を捉えるためには、当然のことながら前に詰め、エンドラインに張りつくようにして球を待たなければならない。が、前陣と呼ばれるこのエリア、攻撃には最高の場所なれど、逆に攻められてしまえば矢面も矢面、最も守りにくい場所でもある。相手が中国選手ならずとも、いい球を打たれたら止められない背水の陣。ここに陣取って勝とうとするなら、方法はひとつ、「いい球を打たせない」ことを措いてほかにない。そのために、守備的技術が重要性を帯びてくる。
張本のストップが、ストップの名手である水谷のそれをも上回る超絶技巧であることは、「また勝った。張本スゲー!」なニュースを見ていても分からないし、またそこに注目する人もほぼいないだろう(なんせ地味な技術だ)。打点の速さで売る張本は、しかしストップにおいては「打点を落としてもストップを打てる」という技を持っている。これが、世界のモサと戦う彼にとっては効果絶大の武器なのだ。
普通、ストップは(相手の2バウンドサーブもしくはストップに対し)バウンド直後を狙って柔らかいタッチでバックスピンをかけ、2バウンド目を小さく台上に収めて相手の攻撃を防ぐ。バウンド直後を狙うのは、その時点が最もラケットを開いて打てるコントローラブルなポイントだからだ。打点を落としてしまうと、バックスピン系の打法としてはラケットを寝かせたツッツキに頼らざるを得ず、球足がどうしても長くなって台から出るため相手はドライブ攻撃を仕掛けやすくなる。しかし張本は、落ちた打点・寝かせたラケットでも絶妙のコントロールでネット際に球を落とし、2バウンドさせることができる。これはテニスで云えば、長いスライスを打つしかないはずのボールをドロップショットできるようなもので、相手にとっては実に効果的なフェイントとなる。そして、同じ体勢からストップとツッツキ、どちらが来るのか分からないなら、ツッツキも効いてしまうことになる。
※)ここではあえてシンプルな話にしているが、正確に言うならば張本の場合、短く低いバックスピンの球に対してストップ・ツッツキ・バックのチキータ・バックのフリック・フォアのフリックという5種の可能性を嗅がせることができ、これにコースや回転・球足の長さなどの選択肢、相手の予測を欺くフェイクモーションが加わる。卓球が「全力疾走しながらのチェス」などと喩えられるユエンだが、私は「チェス」はどうだろうと思う。選手の多くはさほど脳ミソを使わず反射で動いているはずで、「考えずとも反応できるほど身体に染み込ませた技術」こそ賞賛に値すると考える。もちろん、ヒリつくラリーのさなかにじっくり作戦を考える余裕があるのなら、それは天才の証しではあるが。以上、寄り道。
すなわち、ラリー序盤に高確率で発生する台上ストップ合戦、ここで長い球を出してしまうとすかさず致命的な攻撃を喰らうのだが、張本は同じく高確率で、その待ちを外して甘い球を誘うことができるということだ。そして、甘い球が来たとき、必然的に相手は前陣にいる。となれば、世界トップクラスのバックハンド攻撃はもちろん、威力のないフォアハンド攻撃であっても決まる確率は(相手が中・後陣にいる場合に比べ)跳ね上がる。さらに、ツッツキを打ってドライブ攻撃されるにせよ、フェイントがプレッシャーとなっているから、たとえ中国選手であっても万全の態勢から一撃必殺級のドライブを打つことは叶わず、体勢を崩し、打点を落として「よっこいしょ」と持ち上げる威力のない山なりドライブになりがちだ。これはもう張本の大好物。ブロックカウンターで振り回され、球威はなくとも連続で繰り出されるサイド切りのライジング両ハンドに斬殺されてオシマイ。相手の大砲を封じ、こちらのマシンガンは当てる。つくづく「アッタマいい」戦術だと思う。
この戦い方は張本が小学生の頃から徹底されている。こんな打倒中国ハウツーを小学生が考えつくわけもなく(失礼)、となれば誰が賢いのかは明らか。張本の両親、とりわけ、つい最近まで国際大会でもベンチコーチに入っていた張本パパこそが世界レベルでアッタマいいのだ。張本が今年の全日本選手権で水谷をボコボコにして優勝したとき、こりゃもう張本パパをナショナルチーム総監督にするしかないだろうと思ったものだが、否、このスタイルは既に「張本以前の卓球」で強くなってしまった選手にはおそらく実践不可能なものであり、パパのコーチングは、これから卓球を覚えて強くなっていく小学生(以下)が相手でなければ効果を十全に発揮しないだろうと、しばらくして考えを改めた。それほどに、こんなスタイルの選手はかつて一人もいなかったのだ。
いや、近い選手、というより元祖が一人いた。卓球に天才あまたひしめくなかにあって、数少ないホンモノの大天才・丹羽だ。しかし丹羽は「才能以外に持ちものの少ない人間がいかにして勝つか」を突き詰めた末に、パワードライブを捨て、ライジングとチキータを独創的に組み合わせるあの予測困難なスタイルをおそらくはたった一人で生みだし、創意工夫でそれを磨いてきた。手本もコーチもいないどころか、異端という評価と戦いながら、雑音に邪魔されながらの道中であったはず(とりわけ、日本の部活動・体育会という昨今話題のスポーツ風土の中では)。張本は、丹羽が拓いたけものみちの最短ルートを一心不乱に突っ切ればよく、しかも今後の長い成長期間に中国をはじめとする世界トップたちの「いいところ」を適宜取り込むこともできる。14歳の(今後の成長を思えば)まだ貧弱なフィジカルで中国をこれだけノシているのだから、目指すスタイルが現時点において正着であることは疑いようもない。ならば、少なくともフィジカルのピークまで強くなり続けるに決まっているではないか。
私が通う卓球場のコーチ(全日本マスターズ30代で3位を獲ること2回)と雑談。「張本は世界を獲りますかね?」「獲ると思います。ボールが変わったことが追い風でしたね」。そう、2014年のルール改定で、卓球のボールの材質は、燃えやすく空輸できないセルロイドから、難燃性のプラスチック(現在はABS樹脂が主流に)へと変更された。これにより、セルロイド時代に比べてボールの回転量が落ち(詳細な理由は省略)、ドライブは従来よりも威力の少ない攻撃となった。簡単に言うと、ドライブを打てばブロックで止めるのがやっとだった相手が、プラボール以後はちょくちょくカウンターで逆襲してくるようになったのだ。その逆襲の、世界レベルでの尖兵が張本、ということになる。
ただ我らがコーチは、気になることも言っていた。「(ことここに至って)中国がこれからも粘着ラバーを使い続けるのかどうかですね。“塗ってる” にしても、スピード自体は知れてますから」。この言葉の意味するところや背景を正確に解説しようとすると、ここまでと同じくらいの文章量が必要なので省略するが、私は大いにハッとした。そうだ、中国はかつて、前陣速攻一点張りだった「お国柄スタイル」を、その限界が見えるや瞬く間に上書きし、いつの間にか超回転ドライブスタイル大国へと生まれ変わって世界を席巻し続けた過去(至現在)があるのだ。「左向け左!」で一斉にナショナルな戦術変更が可能である(=その強制力を選手に働かせることができる)環境は、中国の底知れないポテンシャルの一端でもある。
とまれ、卓球をよく知る人に上記の如く言わしめるほど、張本は現時点で中国に圧をかけている。「こりゃマズいぞ」と焦るかの国が戦術をエイヤと変えれば他のすべての国が影響を蒙ること必至であり、となれば後に、世界の卓球を変えたのは2018年の張本だった、と言われるようになったとしても不思議はない。結局「張本スゲー」んである。
K-01
近日中に、ここから竹バナシへと繋げる予定。今日は…書き疲れた…。卓球のハナシも楽しくて困る。