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いずこじ

陰陽、笹の葉、風の色。琴古流尺八、道中甲有り呂有り。

ペテン力

もう1年の6%ほどが過ぎてしまった。今年も精進しようとは思っているのだが、あまり精進しすぎるとキーボードを叩く手がお留守になり(今でも疎密で云えばには充分に疎かではあるのだが)おアシが入ってこなくなってしまうので、両方やりながら生きていける限界を探るような、例年通りの按配にはなろう。

昨年の後半あたりから我が師の赤字コメントを引用することがめっきり減ってしまったが、師匠とは相変わらず頻繁にメールのやりとりをしている。その内容が面白すぎ、また核心に触れすぎているため、ここに引っ張ることができないだけだ。ほんとうのことは、しばしば人を傷つける。この場合、師の言「ものをいうのはくちではない」に則り、音の雄弁にのみ思いを託すべきだろう。それでも音で誰ぞを傷つけてしまうなら「そうヤワじゃヨノナカ渡っていけねェぞ」と開き直る。ゲンナリさせる、怒らせる、失笑させるなら、それは私の竹がただまずいだけ。


撮影/岡森大輔 揮毫は我が師による。

年末に録ったNHK「陽水の50年」、録画後すぐに観て(聴いて)身の毛をよだたせ、これはもう一度味わってからでないと、と消去せずにおいたのをさっき見直したのだが、やはりとても消せなかった。10年後、あるいは陽水が亡くなったとき、この番組は必ずもう一度観なければならない。DVDに焼いておこう。

中学、たしか2年生の頃から井上陽水をけっこう熱心に聴いていた。もちろんLPを買えるような小遣いは与えられておらず、FM番組をカセットに録った(エアチェック!)ものを、手垢表現だがすり切れるほど繰り返し聴いたのだ。当時、リアルタイムでは「いっそセレナーデ」が流れていたが、まったりバラードの何がいいのか中坊にはさっぱり理解できず、一方で私が2歳の時に発表されたアルバム「氷の世界」の分かりやすく危ういリリカルさはメンドクサイ14歳の心をグッサリと刺し貫いたものだ。

しかし今になって、同じ番組の中で彼の代表曲を次から次へと聴いて改めて分かる。「氷の世界」も「いっそセレナーデ」も「少年時代」も「リバーサイドホテル」も「最後のニュース」も、突き詰めれば皆同じ、彼はあらゆる神経を研ぎ澄まし、全力をもってふざけている。歌詞は、散文的に見れば全く意味が通じない。いや、意味がない。しかし、思わせぶりで断片的で、しかし強烈に印象的な言葉を、あの呪術性をさえ帯びた深い声にのる言葉を耳に刻んでいくうち、頭の中にははっきりと歌の世界がかたちづくられてしまう。

こういう感覚、どこかでと記憶を辿るに、2年ほど前、「関西食文化研究会」という主に料理人ばかりが集まる会合で、関西を代表する和とフレンチの料理人氏ふたりが調理実演を行った「豆腐を使わない麻婆豆腐」に行き当たった。ここでそれら料理の詳細には触れない(ご興味の向きは「あまから手帖」2018年4月号をどうにかしてご高読あれ)が、すなわち、食材の置換と、麻婆豆腐を麻婆豆腐たらしめている条件の分散和音的・ピタゴラ装置的な配置によって麻婆豆腐の本質を表現あるいは再現する、いわゆる分解再構築というやつだ。

歌・詩・詞、みな韻文に属するが、陽水の場合、旋律と声と詞、すべてに韻文的な象徴を、そこから極端に遠い表現やメタファーで散りばめる。本人がどのように創作しているのか知らないが、その「遠さ」のとり方に作為やわざとらしさが一切感じられず、ごくナチュラルに見える・聞こえる。これが陽水一流の悪魔的な “ペテン” の力なのだと思う。番組に奥田民生が出てきて、こうした勘所に触れるか触れないかのところを褒めていた(というより呆れていた)が、奥田民生自身、陽水の魔力に憧れ渇望し、PUFFYのプロデュースやユニット・井上陽水奥田民生での活動を通じてそれを我がものにしようと努めるもついに果たせず、以後長らく静かな鬱憤を、あるいは諦念を抱えているのではないかと私は妄想する。

「少年時代」は間違いなく、この魔力を最高度にふるった曲のひとつだろう。そこには意味の通った文節すらほとんどない。ありふれた言葉と無意味な造語、イメージの断片、ただ断片。なのに、聴く者は催眠術にかかったように各々の懐かしき原風景を錯視し、郷愁のツボをグリグリ押されてよがり声をあげてしまう。まったくふざけている。が、程度の差こそあれ、このふざけた魔力は陽水のあらゆる曲に満ちている。そして「陽水の50年」が知らしめたのは、その魔力が陽水71歳となった今もなお、いささかも衰えていないという恐るべき事実だ。

ふざける力を持った人は恥をも知る。タモリと陽水が仲良しであるのは、同郷のよしみだけではないだろう。ともにふざけた含羞のペテン師、そして、どちらも長持ちだ。何の話だったっけ。そう、だから今回の見出しは「ぺてんか」ではなく「ぺてんりょく」と読む。

尺八はふざけるに適した楽器とは云えないが、遊ぶことはできる。なるべく早く花深処に辿りつき、思うさま竹で遊んでみたいものだ。以上、遅ればせの年頭言。
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河宮拓郎(カワミヤタクオ)
性別:
非公開

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