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いずこじ

陰陽、笹の葉、風の色。琴古流尺八、道中甲有り呂有り。

見て見ず知らず

たとえばロは五つの孔すべてを閉じて出す音だ。下から一孔を開ければツ、さらに二孔を開けてレ、三孔も開けてチ。尺八を習い始める最初の日に教わることとて、竹吹きならヒャクパー全員が知っている運指、ではあるが、誰もがそのルールを守れているかというと怪しい。現に、守れていなかった人間がここに一人いる。

ファウルが起きやすいのは、もちろん「閉じる」より「開ける」においてだ。「開ける」とは、どの程度開けることか、指を手孔からどれだけ放せば間違いのない「開ける」になるのか、きちんと検証・合点したうえでこれを行っている人は、さすがにうんと少数派ではなかろうが、さて何割どれだけ。

竹により、またメリ・カリ吹きにより、この問題の解法は異なるし、たとえばレの場合として、一・二孔に軽く指がかざされて、そのまま吹けば本来より低い音が出る場合でも、吹く人の耳がまともなら音の立ち上がりで無意識にカって音を上げるだろう。そうした微調整がスムーズに行われていれば、あくまで演奏上は音が合う。障りはないように聞こえる。

しかし厳密には、もちろん障る。音高が正しくても、音が確実に曇るのだ。何年も前の自分の演奏を聴くと、録音された音のリアリティの無さを差し引いても、なんとも景気の悪い音で吹いていたものだと。でも、当時はそんなことを思いもしなかった。師匠に指摘され、積年の習い性でこびりついた指かぶりの悪癖を(長い時間をかけて)矯めていただき、ああ、この竹本来の音はこんなにカラリと晴れた音だったのか、と目から耳から鱗を落として今に至る。も、この悪い癖は気を抜くとすぐぶり返そうとする。特に、レとリとヒ(めちゃめちゃ多いな…)。

もはや30年近く前、第二学生会館の稽古部屋で初めて相対した日から、師匠は手孔をパカーンと開けて吹いていたはずだ。私はそれをずっと目にし、また「レは一・二孔を開ける」といったルールを知っていながら、師とオノレの手を見比べることも、開けるとはどういうことか?とフト立ち止まって考えることもなかった。まともに稽古に通わなかった幾星霜を隔て、師匠に「ちょっと待って。ちゃんと開いてないよ」と叱ってもらうまで。

正しいアンブシュアを大前提として、メリカリ、孔の開閉、気温、湿度、体調、腹具合などなど、数え切れぬほどの条件が完璧に調ったとき、否、調え得たときに初めてオノレの最高の音が出る。楽器が「そうそう、オラァこの音で鳴りたいんだよ」と喜ぶような。温度や湿度は管理しきれるものではないとして、それらを除いた条件を自分がすべてクリアしているかどうか、ハナからセルフチェックで検証しきれる人、つまり常に、かつ独力のみをもって自身最高の音で吹ける人がどれだけいるだろうか。先達はあらまほしき事。

念のため。私の八寸管は本曲用・三曲用ともかなり手孔の径が大きい。平均値の楽器に比べれば、指をより高くパカーンしないと音が曇るわけだ。繰り返すが、こうした塩梅は楽器ごとに異なろう。かざし気味の山口五郎先生、パカーンの二代青木鈴慕先生の吹きぶりなどを動画で見比べれば、たちどころにそれは分かる。パラメータがあちこち違うのだから、音色×律の解き方が違うのは当然だ。それでも私見として、指は「まずパカーンと開ける」で統一したほうが、竹の個性に合わせての微メリ・微カリによる調整は易しいのではないかと思う。どうだろうか。


LX100 チェンナイの楽器店で雑に積み重ねられた笛。安いが、意外に(失礼)いい音。

それにしても、稽古中、師匠が竹を構えぬようになってどれくらい経つだろう。師匠は目を閉じたり開けたりしながら私が吹くのをひたすら観察し、吹き終えた後(あるいは吹くのを制止した後)に怒涛のダメ出しをする。正しく吹けるまで同じフレーズを何度でも繰り返させる。「違う、こう吹くんだ」とひと吹きして教えれば私のようなワカランチンに対しても話は早そうだが、音の手本は決して示さない。師匠の言葉をもとに、正解は自分でひり出すしかないのだ。この稽古が私をどう導いているか、霊験のほどを実感し始めたのは(不孝にも)ここ数年の話。師の音を間近に聴けなくなった寂しさと引き換えに、私は斯界随一の濃密なレッスンを受ける特待生になったのだ。この先、もし私が誰かを教えるようなことがあったなら、できるだけ早くからこの特待制度を実践しようと、とらぬお弟子の皮算用をしているところである。Don' t think, feel. 字ヅラは格好いいが、師匠の手本を目の前にしてさえ、知識や思考の伴わぬ五官はしばしば大事をスルーする。感じるだけで尺八マスターになれるなら苦労はない。

それと、書いて久しぶりに思い当たった。19歳で始めた尺八、来春で30年だ。まだこんなところで、おんもへ出たいと吹いている。
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河宮拓郎(カワミヤタクオ)
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