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いずこじ

陰陽、笹の葉、風の色。琴古流尺八、道中甲有り呂有り。

ヘタバレ注意

ここしばらく書き仕事の方がずうっとパツパツであるためだろう、かえって、空いた短い時間に吹く竹が楽しくて仕方ない。

秋への移行をちらつかせながらも空気は高めの湿度を保ち、暑くも寒くもない温度。初夏と同様、竹を好きなようにコントロールできる最高のコンディションだ。内部が温まり、音が乗るほどに楽器は手の裡で重さを無くし、竹の肉は厚さを無くして、紙でできているようにさえ感じられ、ただ空気の柱を吹いているような、ああ気持ちがいい。こう気持ちよがってばかりいるような人間が尺八をオノレの経済の柱に据えようとしなかったことは、(幸か不幸か)大正解であったとしか言いようがない。その先は、またしても言わぬが花。

そういえば、前回の言わぬが花は、「書くもさらなり」のつもりだったが、あとになって読み返してみると、思わせぶりと取られかねない書きようだったか。花を散らして補足しておくと…。

なぜ舞台では “悪くとも” サブの忠輔管を使うのか。それは、音量の問題とは関係がない。自分の音楽は忠輔さんの楽器と今や不可分に結びついており、舞台で勝負の音を放つときに忠輔管以外の楽器を使うことは「大勢の前で、自分の真芯だと思っていない音色で音楽をやる」という明らかな出し惜しみにほかならないからだ。サブにせよメインにせよ、たかだか尺八、ドルサイナほどの爆音を出すことはないのであるし、その上で、もちろん必要だと思える加減はする。ただ、私にできる努力はそこまで。少なくとも手元に忠輔管がある六寸~二尺において、舞台でよその竹を使うことはない。

竹は、紆余曲折あって音が大きくなって「しまった」。けれどそれでも、「ホール・舞台でちょうどいい」音量帯というものがあるとしたら、竹などはどう考えても控えめな方に属する楽器だろう(邦楽器なら太鼓や笛と比べてみればいい)。それをさらに「座敷でちょうどいい」ところまでわざわざ落とそうというのは、いろいろと無理がある。蓋しそれよりも理に適うベクトルは…。で、前々稿につながっていく。


K20D 一度仕事で行ったきりの沖縄。遊びでのんびり行きたいもんだ。

さて。三曲の話はともかく、私の忠輔管への一方的な愛と誠は年を追うごとかように深まるばかりなのであるが、面白いもので、こうまでラブラブと入れ込めば、竹も返事をちょくちょく寄越してくれるようになる。具体的にはもちろん、「こう吹くんだよ」という示唆である。ツのメリはアゴ引きと孔を塞ぐ指と、意識においていくつ対いくつ程度の塩梅で出せば最も豊かに響くのか。それがチのメリとなるとどうであるか。アゴ引きじゃなく俯きでメリをやってるぞ、だからメリ込みの時に音が途切れるんだ。おい、アゴ当たりの正中線がズレてるぞ。ノイズが増えてきた時点で察知しないと。この竹でロはその角度じゃダメ、ツもそれじゃダメ、こうだよ。

私は竹のメッセージを聞きながらそれに合わせて吹けばよく、感覚としては吹くほどにオートマ、自動運転に近づいていく。実際にはマニュアル操作に慣れた自分自身がクラッチとシフト、アクセルとブレーキを滑らかに扱えるようになってきたということなのではあろうけど、なんにしてもこの「勝手に吹かされている」感覚の楽しさときたら。一時期乗っていたローバー・ミニ(のいちばん安いメイフェア)を懐かしく思い出す。10万km以上走ったミニは晩年、深刻な故障が頻発して維持費に音をあげ手放してしまったが、竹はいくら吹いても壊れることなどまずないし、手入れしなければ割れ・虫食い・カビなどでダメージを受けるが修復は可能だ。この点、材の変質に伴う響きの劣化や使い減りなどで厳然たる寿命があるとされる箏・三味線などは、いつか別れの日がやってくる、人間らしく切ない楽器だなあと。

先日、メリだのカリだのいう中古品売買サイトで忠輔銘の八寸管が安く売られていたので、つい買ってしまった。届いた竹は、忠輔さんがまだ地ありを作っていた頃の、細部のつくりからしてゆうに20年以上は昔の作。にもかかわらず、まだ肌が青白くてろくに吹かれた様子がない。これから仲良くしようぜ、と吹き込んだ途端に激しい違和感。チが低い! オエッとなりながら三孔をのぞくと、開口部の位置は変えず、しかし中で孔を斜めに掘り足してある。これでは、サイトで写メ程度の商品画像を見ても分かるわけがない。

「この竹はチが高い」と思いこみ、かつ「そうではない。もともとチはわずかに塩梅して出す音だ」と助言してくれる先達もいない哀れな持ち主(何代前かは知らぬ)が改作に出してしまったのだろう。もしくは、ロツレチリと指を開けていくだけで「チューナー上正しい」だけの音を無条件に出してくれるバンブーフルートに耳を毒されていたか。

そもそも、ロツレチリ、呂と甲、メリとカリ、すべて固有の塩梅を施して出すべき音だ。たとえばロツレチの4音だけでもいい、指を開けただけでチューナーがビタッと安定するような楽器は、あえて言えば「おかしい」のであり、そのおかしさのシワ寄せは必ずや音色とメリ音にはね返る。それを分かった上で、ジャズやコンテンポラリーの速く複雑なパッセージを吹く必要があるからと、そのために作られた「吹けば鳴る竹」をあえて採るなら、それはひとつの選択。しかし、古典を吹くために最高のチューニングを施してある忠輔さんの楽器をこのようにイジるというのは、その持ち主が「吹けない上に知識も分別もない」ことの証である。

言っておくが、忠輔管の律に慣れてしまえば古典に限らずなんだって吹ける(はず。私はほぼ古典しか吹かないが)。チューナーに合わせろというなら合わせることだってできる(そんなことを重視する邦楽に意味があるのかどうかは措くとして)。しかし、水は高きからナントヤラ。とにかく楽なほうへと行きたがる人は、過去において同病であった私を含めいくらもいるということだ。そういう弱い人たちをたぶらかす「昔の竹は律がいいかげん」などという十把一絡げのバカげた “常識”! ほとんどの場合、いいかげんな律の原因は楽器ではなく吹き手のいいかげんな音感といいかげんな性根であって、いくら古管だ名管だと筆を選んでも…。おっと、これぞ言わぬが花か。

たしかに、ひと吹きしてメチャクチャな律だと思えるような竹もあるにはある。が、その竹がどのような音楽的文脈・歴史・環境の中で吹かれていたのか、試みにひと吹きした程度の人間が理解できようはずもない。その “メチャクチャ” な律を自動運転できるまでに塩梅していったとき(最低でも半年や1年はかかるだろう)、どんな音色が生まれるか。その塩梅に慣れれば他の竹、特にバンブーフルートは吹けなくなるが、それでもいいと思えるほどの音色か。それくらいの時間をかけた判断でない限り、ある竹がいいかげんであるかどうかなど分かりはしない。

尺八は本来、入歯みたいなもので、誰にでもあうものではなかった。フルートのことにすれば、考えられないことかもしれないが。音程に都山も琴古もないが、楽器は全然違っていた。琴古の中でも、手孔割が十割、九半割等があった。誰が吹いても、流派が違っても、正しく?鳴ってしまう尺八はフルート的洋楽的物差しの一般化でしょう」。師匠の弁である。流を派を跨ぎ、いや人を跨いだだけで入れ歯は途端に合わなくなるのが当然。コレクションならいざ知らず、自分専用の大事な入れ歯を、ひょいと一見の店に入って吊しの背広を買うように求める人がいるだろうか。おいしく食事をしたいなら、目指すべき歯並びをできるだけ正確に把握し、そのためのベストな歯医者と歯科技工士を見定める。分からなければ信頼できる先達に尋ねる。それでもしばしば間違いは起こる、くらいに思っておかないと、高確率でねじけたチを吹くようなハメになる。そして、不幸にも合わない入れ歯を買ってしまったなら、前にも書いたが、イジらず手放すことだ。その入れ歯は本来、別の人の口にスルリと嵌るためにある。

さてくだんのチは、チューナー通りに鳴りはするが、音高とは無関係に押せば音がすぐ割れる問題外の状態(イジるにしても、この水準の仕上がりで満足した持ち主よ…)。こんなありさまの竹を持っていても仕方ないので、意を決して忠輔さんの工房にお邪魔し、事情を話して原状復帰をお願いすると「あ、いいよ。ここ埋めるだけでしょ」とあっさり飄々。中古で買った、しかもよそで無残にいじられた竹を持ち込んだのだから怒られても当然なのに。

後日届いた竹のチは見事にイイ高さを取り戻し、それを軽く抑えて「正しいチ」を出せば、ほらこんなに気持ちいい。どころか、ごく広めのつくりながら息の要らぬ軽さと、遊びのない過敏なレスポンス、音の伸び。超ショートストロークで吹け上がっていくホンダの小排気量マルチのような…。竹の見た目はのっぺりとして、忠輔管にあっては安く平凡らしく見えるこれ、来る秋冬に重宝しそうな、ある意味すごい楽器だ。

開口部の位置を変えなかった職人氏は、当然ながらこの楽器の値打ちを分かっていただろう。分かってない持ち主による改悪の愚をひそかに嘆き、また持ち主がどのみちこの楽器を扱えず手放すことさえ見えていて、先々において誰かが原状復帰を試みたときにみっともないことにならぬよう気を回してくれたのかもしれない。それゆえか、ありがたいことに内径には手がつけられていなかった。おかげさまで、これまで持っていた忠輔さんの八寸3本とは、また違うキャラの1本がパーティーに加わった。ややタイトに傾く軽いクセを手の裡に収めるまで吹き込んだら、私にとっては忠輔管をしか上げることができないところの舞台にものせてやろうと思っている。

あれっ、パツパツのはずの仕事はどうした。
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プロフィール

HN:
河宮拓郎(カワミヤタクオ)
性別:
非公開

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