忍者ブログ

いずこじ

陰陽、笹の葉、風の色。琴古流尺八、道中甲有り呂有り。

あわいよくば

極論は痛快で耳目を集めるに有効だが、人は1と0だけの電脳空間に生きるわけではない。言葉では本当のところは伝わらないが、では「言葉は嘘をつくためにある」と云えるか。「嘘をつきたくないなら黙っていろ」は正論か。

人は人の間に生きるのみならず、さまざまな事象のあわいに生きている。アリかナシか、そのどちらでもないか、どちらでもあるか。伝えることは難しく、喜ばしく、楽しい。

私には本業が二つあり、そのどちらも、思うところを音や書き言葉に表し、伝えることが眼目だ。型という大原則にのっとりつつ、かつまた、型の解釈のなかで「これもいけるか?」とあれこれ試しつつ。やはり、あわいにしか進む道はない。

そのあわいをひとさまとすり合わせ、どうにかなんとかやっていく。それが世の「中」であり、すり合わせを拒否/放棄して周囲に人がいなくなれば、そこは世の「外」。本来の語義通りの人間から人外へ。それは、少なくとも表現においては死に等しい移動だろう。

道中。よしなし。


LX100

先生竹と迎える初めての秋。あまた尺八の中にあっておそらく限界付近レベルまで「空気の筒」に近い楽器であるためか、空気の冷えや乾燥に伴って起きる律や音色の変動はかつて経験がないレベルで、カラリと晴れ、朝晩の気温差が大きくなっていったこの1週間ほどは大いに面喰らっていたのだが、やや湿気が戻った昨日、恐るおそる吹いてみると、夏の音の充実が8割方戻っている。きっとこの竹は、こういうあわいの日にガンガン吹き込んで、季節の移行にすり合わせていかねばならない楽器なのだろう。難しく、喜ばしく、楽しい。
PR

コメント

プロフィール

HN:
河宮拓郎(カワミヤタクオ)
性別:
非公開

P R